製作中…2023年の9月ごろに、こんなメモが思い付きで残っていたので、こちらに投げます。
ソロイルの開発ブログ、を想定した架空ブログのテンションです。創作が過ぎる。笑
時間軸としては、おきデバに近いつもり。
以下、メモ帳に残っていたメモから写し。
古のブログ形態で。ああよくあるこんな感じ。html。html。
でもまぁ、一回分だけ。
あるとしたらこんな感じだろう。というifとして、
三人分。
文章の癖とかも設定上、あった方がいいですからね。
こんなんいくらあってもいいですからね。
(今回は西脇です。開発者が順番に、担当で何か書こう、となった状況。)
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西脇
なにか記事を書けと。
しかも、内容は全部私に丸投げと、きた。
では今日の本題。
解像度は、ゲームに限らず、受け取る情報量の質を上げてくれる。
(量の質、ってなんだ?
と思われましょうが、
まあ、読んでいれば、おそらくは分かります。)
ここでの「解像度」は、
つまり「受け取り手の智識の幅」
です。
一言に知識と言っても、
本で得た情報や、
旅行などの経験、
実際に音楽を奏でた時の感覚、
あなたの人生を構成するすべてのものに亘ります。
同じ「一曲」を聴いても、
その人が感じる幅、レンジというのは、
異なります。
人によっても違うし、
例えば私が同じ曲を聴いても、
五年前に聞くのと、
明日聴くのとでは、
違ったものを受け取っているかもしれません。
その間に、
私は、その曲を豊かにする「何か」を知識として得たかもしれないからです。
それが
音楽理論なのか、
旅先で見た夕陽なのか、
ディレクターとの共同作曲作業の経験なのか、
まあ、わかりませんが。
話は戻ります。
同じ曲を聴いても、
いわゆる「感性豊かな人」、天才、は、
多くのインスピレーションやらを受けます。
じゃ、生まれつき天才ではない我々は、
どうしようもないのか。
というと、そうでもない。
つまりその、「感性豊かな人」と、スタートの距離を同じに詰めるパディング(つめもの)が、「解像度」といえる。
前述したように、
同じ人間が同じ曲を聴いても、
そのときの、自分の解像度によって左右されます。
たとえば、
同じく、笛がピーッと鳴ってるのを、
なんとな~く聴いているのと、
息の吹き具合がどうで、その息がどう通過するからこういった音が鳴る、その条件が満たされないとこんな音は出ない、だからいま、奏者は凄く頑張っているな、……という事が解ってて聴いているのと、
この笛にはこういう歴史的背景があって、幾多の変遷を経てこんな形状になっている。で、この曲はこういったジャンルで、これがこの笛と融合することは数百年前の歴史の再現かもしれない、……なんて書物の智識が入っていて聴いているのと、
やっぱり、何かしら、ウケる点の数が違うと思うんです。
って事で、
前置きが大変長くなりました。
(ノルマがあるから、私は文字数をだらだらと稼いでいました)
…って事で、
私は、その
音楽を聴く際の解像度が
ちょっとでも上がるといいな、という、
密やかな願いを込めて、
ここで
私がやってる音楽に関する、
裏話やら、機材の話やら、
していきます。
もちろんそれは、知らなくてよいことです。
一曲には、
説明しきれない位の、
要素やら、背景やら、微調整やらが詰まっています。
それを、しみじみと受け取ってもらえるなんて、
ふつう、作曲者は思っていません。
別に、それでいいし。
っていうか、特に私たちは、
ゲームを邪魔しなければいいんですから、
しみじみ聴かれたら、それはちょっと逸脱でもある。
けれども、その
「バーッと聴いた一曲」
が、いかに大量の情報を凝縮していたのか、
っていうのが解ると、まあ、面白いんですよ。
私は文章下手です。
それゆえ、伝わっているかどうか不安ではありますが、
ディレクターに、一応、
出す前にチェックしてもらって、
最低限は優しく書いていこうという心構えでいます。
(ほんとうですよ)
もし、ご興味がある奇特な方は、
お付き合いを、どうぞ。